2011 年 7 月 のアーカイブ
2011 年 7 月 27 日 水曜日
『“復旧”から“復興”へ』
3月11日の震災から4ヶ月半、昨日(7月26日)被災地としては最初に岩手県から自衛隊が完全撤退した。「復旧」から「復興」への大きな区切りである。雪の舞い散る一面瓦礫だらけのあの絶望的な風景から始まった復旧活動、過酷な環境の中で自衛隊は多岐にわたり献身的な活動を行ってきた。おかげで被災地の人々は復興への気持ちを持てるまでになった。
しかし復興活動は緒に就いたばかりである。岩手県の死者行方不明者は合わせて約7500人、行方不明者はまだ約2900人も残る。そして住んでいた土地は地盤沈下し、復興計画はまだ描けていないのでほとんど更地のままだ。人口も流出し生活再建はすべてこれから。復興は何年、いや何十年かかるか分からない。「災勝ち・災克ち」の祈りはこれからもずっと続く・・・

【生命の継続。サイカチの“花から実へ”を観察】前回から更に1週間、また大きくなった!

久々の松川。こんなに水量が少なくなり細い川に!
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2011 年 7 月 18 日 月曜日
『日米決戦。一時災いを忘れて!』
「何事も最後まで諦めない気持ち」、今これを「なでしこ力」と呼ぶそうだ。スウェーデン戦に続き今朝も3時半起きして女子W杯決勝戦を見た。日本は確かに勢いがあり良い試合は期待された。しかし体力、スピードに勝り常勝のアメリカ、この明らかに格上のアメリカに勝つとは最後まで信じられなかった。艦砲射撃のようなシュートの嵐に何度も運が味方し延長戦に、そしてとうとうPK戦までもつれこみ勝負をつけた。正に「なでしこ力」の実証だった。
岩手県出身の岩清水梓選手、延長戦最後のタイミングでのアメリカのシュートに身を投げ出してゴールを死守、レッドカードを受けた。双方持ち味を活かした最高の試合だった。監督は山形県出身。小さな乙女たちの大きな活躍は苦境にある東北の人々、そして日本人の多くに一時の安らぎと勇気を与えたに違いない。なでしこジャパン「世界一」おめでとォ~ v(^_^)v・・♪♪♪

生命の継続。サイカチの“花から実へ”を観察。前回から約1週間、こんなに大きくなった!

育ちの良いのはもう大人の大きさに!
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2011 年 7 月 10 日 日曜日
『放射能汚染は国境を越えて!』
原子力という本来手に負えない“神の火”、日本も戦前は兵器として戦後は平和利用という名目で開発。エネルギーの安定供給、地球温暖化対策などの大義をからめながら今や世界第3位の原発保有国となる。その間に「原子力村」と呼ばれる政官財学(マスコミ)の強固な排他的利益集団が成立、なりふり構わぬ事故やデータ隠しを行い「安全神話」を作り上げた。本来核アレルギーのはずの国民もこのパンドラの箱を長い間見て見ぬふりしてきた。
福島原発の事故でこの箱のふたが開いた。原発の安全神話は次々と崩壊、福島原発から飛散した放射能は300キロも離れた静岡のお茶からも検出された(フランス政府発表)。汚染の拡大に国境はない、偏西風や海流に乗って地球全体に及んでいる。そして国内の原発ばかりが問題になっているが、国境の島長崎県対馬からたった数十キロ先には韓国で最も老朽化した原発を含め13基(試運転中含)が稼働、建設中と計画を含めると将来16基が集中する。もし事故があれば放射能はほとんど日本に飛んでくることになる・・・

生命の継続。サイカチの“花から実へ”を探索。花が咲いてから約2週間、こんなにたくましく!
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2011 年 7 月 9 日 土曜日
『“神の火”とどう付きう?』
15年前、東京からの移住に当たって「地震」の少ない所を条件にした。日本列島の地震動予測図や活断層・火山分布図などを調べ当地は双方クリアーした。しかし、移住して間もなく、常時観測火山ではなかったはずの目前の岩手山が突然噴火しそうということになり、観測網やハザードマップを作る騒ぎとなった。まさに「想定外」。
今度の大震災で原発を急きょ勉強した人は多いだろう。いま移住に当たって世界の原発マップは必需品となっている。いつの間にか狭い日本に55基(建設中含)もの原発が林立し、100キロ程度の円を載せると沖縄と北海道の一部を除きほぼ日本列島全域が覆われてしまう。日本人はもう地震と原発の災害から逃れることはできない。そして明日大丈夫という保証もない。常に「災い」と向き合い、明日は我が身の覚悟が必要である。

生命の継続。サイカチの“花から実へ”を探索。葉と比べると成長が分かる。ひねりも二ひねりに!
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2011 年 7 月 7 日 木曜日
『二つの震災、二つの復興』
東日本大震災は言うまでもなく仙台に近い三陸沖牡鹿半島の東南東約130km付近で発生したマグニチュード 9.0 の東北地方太平洋沖地震に端を発している。その大きさの割に地震による直接被害は幸い少なかった。今後の復興の道筋を考える時、大津波による直接災害と、原発の放射能による間接災害を分けて考える必要がある。
前者は規模が大きく現地はどこも目を覆う惨状だが、予測された自然災害であり人々の覚悟、復興への道筋、そして支援もあり復興への夢も残されている。また伝統的解決法も活きる。しかし後者ははじめての災害であり、福島の人々の覚悟もなく、復興への道筋は数十年、数年百、いや戻ることさえ叶うのか不明だ。田や畑がそのまま残るのに、国策で夢を断ち切られ、支援も受けにくく何とも悲惨だ。FUKUSHIMAをどう考えたら・・・

生命の継続。サイカチの“花から実へ”を探索。チビのくせにイッチョマエにねじれてきた!
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2011 年 7 月 6 日 水曜日
『災いの伝統的解決法の検証』
昨日取り上げた広辞苑の「わざわい」の項に、『災いも三年』、『災い転じて福となす』の二つのことわざが載っている。前者の説明文には「禍でも、時がたてば幸の種となることがある」、後者には「身に降りかかった禍をうまく活用して、かえってしあわせになるように取りはからう」こととある。
つまり経験則的な解決法の代表として、まず“時間”がいつか解決してくれる、“3年”もたてば!ということのようだ。しかしその間「我慢」に耐え、とにかく「頑張る」ことと、最大限の生きる「工夫」は必要だろう。そして時とともに記憶が薄れ『忘れる』ことで苦痛は軽減される。
ベストは後者、“災勝”を得るには「残されたものを最大限活用し」、「新たな環境を活かし」、「発想の転換(逆転)」などを加え、新たな『目標(夢)を獲得』することだろう。当法人のテーマ「再価値・最価値(さいかち・さいかち)」精神が活きる。ただどちらも気力、体力、経済力、そして時間も必要なので高齢者や病気の人には厳しい。そこには一番に支援が必要だろう。

生命の継続。サイカチの“花から実へ”を探索。早くもサイカチの実のカッコウになってきた!
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2011 年 7 月 5 日 火曜日
『“災い”とは?』
東北の復興、そのヒントを探すために「災い」という言葉から考えてみた。広辞苑によると、漢字は「禍」と「災」があり、『「わざ」は鬼神のなす業(わざ)、「はひ」はその状(さま)をあらわし、傷害・疾病・天変地異・難儀などをこうむること。わるいできごと。不幸なできごと。まがごと。さいなん。』とある。
つまり、「災い」の種は人間一人ひとりの生涯において常に身近に潜んでおり、原因はさまざま。基本は「個人的な事象」のようだ。だから同じ災いが降りかかっても、人によってその不幸の軽重は大きく異なる。いま復旧から復興へと進む中、この震災で同じ仲間だった被災者が置かれた立場で少しづつ格差が生じ大きなストレスになっている。

生命の継続。サイカチの“花から実へ”を探索。花が散り、この小さな長いものは実の赤ちゃん?
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2011 年 7 月 3 日 日曜日
『公開願掛け、満願日を迎える・♪♪』
サイカチの木に願いをかけてから今日で丁度100日目を迎えた。風景は雪景色から新緑、そして夏の風景に! 今日松川には今年一番の太公望の姿があり、震災前と変わらぬ風景が戻った。
3月11日の大震災直後、まだ雪が降る寒さ厳しい状況下で大津波よる沿岸部の想像を絶する被災が伝えられ、大停電、収まらぬ余震、新幹線や高速道路の損壊による交通網の遮断、そして次々に爆発する福島原発、燃料は枯渇し食糧供給の不安が追い打ちをかけ、在日外国人たちは次々と日本を脱出した。「日本は一体どうなるのか?」「東北は生き残れるのか?」と大パニックが続いていた。
2週間ほどたち、やっとわれにかえり、はじめた「災勝ち」の祈り。その後沿岸被災地は全国の方々の温かい支援を受け、インフラの復旧も順調に進んだ。百日願掛けを始めた3月26日以後は大禍なく、幸い今日を迎えることができた。サイカチの樹に感謝感謝である。この100日で多くの気づきと収穫があった。またこれからの新たな活動の目標もできた。忘れぬうちに明日から整理をしてみたい。

『災に勝つ事を願い、災に克つ事を信じて!』願掛け100日目―9時、南の風。曇り。22度。最後の報告です!!

生命をつなぐサイカチの実。パンダやカンガルーみたいに生命のスタートは小さい!

今朝の岩手山。神の火を象徴するようにまったく先が見えない!

今朝の松川。最後の定点アングル写真!

今朝の松川にはたくさんの釣り人の姿。この風景がずっと続きますように(合掌)!
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2011 年 7 月 1 日 金曜日
『岩手山と太平洋、被災地・原発と世界遺産平泉』
毎日松川の写真を撮っているうちに、この水はどこから発しどこへ流れ下るのか興味がわいた。松川の源流は八幡平と岩手山に囲まれた大きな谷だ。そして当地から松川を10キロほど遡ると岩手山の伏流水が豊富にわき出ている湧水群がある。この湧水も松川の水となる。通称「金沢清水」はその代表で日本名水百選にも選ばれ、一日3.4万トンもの水が湧き出ている。この岩手山と八幡平に源を発した水は松川となり、更に北上川と合流して約250キロを流れ下り、宮城県石巻市で太平洋に注いでいる。
石巻市は今回の約500キロに及ぶ大津波被災地の真ん中に位置する。そして北上川の河口は新と旧がありY字型となっている。その間には牡鹿半島があり、今回かろうじて津波被害を免れた女川原発が立地している。一見脈絡のない岩手山と太平洋、被災地、原発が北上川を介して密接につながっていることを再認識。
盛岡の四十四田ダムができるまでは石巻湾から鮭が当地まで大量に遡上、そして岩手山の赤松が筏に組まれ流れ下った悠久の豊かな風景がかつて存在した。そして更に昔の平安時代、坂上田村麻呂も仙台の多賀城を拠点にこの北上川沿いに当地まで“蝦夷征伐”にやって来た。その後仏教が伝わり、シルクロード最東端の北上川中流域に世界遺産となる平泉文化の花を咲かせる。海も東北の歴史も人も文化も、そしてさまざまな生命もみなこの水に育まれてきたのである。

『災に勝つ事を願い、災に克つ事を信じて!』願掛け98日目―9時、無風。曇り。22度。

今朝の岩手山。見えない日5日目!

今朝の松川。悠久の歴史もこの川の水がかかわっていた。

金沢清水。スゴイ水量。これでも一部!(H230629撮影)

金沢清水の説明板。

金沢清水の源泉。森の中にある!(H230629撮影)

源泉のアップ。神秘的なエメラルドグリーン、静岡の柿田川のよう!(H230629撮影)
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