昨日秋田青森地方は夕方から雪が降るという予報がでていたが、ノーマルタイヤのまま弘前での里の駅定期連絡会議に皆で向かう。早々に会議を終え、3時過ぎには高速道路に乗るも予報通り雪が舞い始める。秋田の鹿角を過ぎ、奥羽山脈を横断するころには本格的な降りとなって通行止めの不安が一瞬よぎる。安比(アッピ)高原スキー場脇の長いトンネルを抜けると住んでいる八幡平市の西根地域、まだ雪はなかった。そして今朝、目が覚めると当地も雪国に変わっていた。いよいよ北国は一斉に長~い長い冬の季節に突入。8か月前のサイカチへのお百度参り初日の風景を思いだした。
2011 年 11 月 のアーカイブ
『“災勝ち・災克ち”を祈る!』ー初雪だ~!
2011 年 11 月 16 日 水曜日『“災勝ち・災克ち”を祈る!』ー初霜が降りた!
2011 年 11 月 10 日 木曜日 今朝は快晴、初霜が降りていた。今年は紅葉の期間が明らかに長い。例年だと霜がもっと早く降り、木枯らしも吹くので早々に紅葉も散って殺風景になっている。そんな風景に追い立てられて冬仕度の準備にせわしない頃だ。しかし、こんな当たり前の日本の秋を演出してきた落ち葉はいま放射能の元凶扱いとなっている。生命を脅かされるばかりか、自然の恵みや四季の楽しみを奪われた福島の人々を想うと何とも切ない。
オッホが著作で書いた「風景」と「景観」の定義は、風景には「生命」が宿っていること。「景観」は残っても「風景」に宿る生命を原発によって奪われた福島の風景は「殺風景」ということになってしまう・・・・
『“災勝ち・災克ち”を祈る!』-「災い」を改めて考える。(15)
2011 年 11 月 6 日 日曜日『「災い」を改めて考える(最終回)』
震災からもうすぐ8カ月が経とうとしている。津波被災地の人たちがいま一番恐れていること、それは「忘れられること」だと言う。津波被災地の復興の見通しや原発の臨界の危険そのものが解消した訳ではない。しかし、人々の関心はすでに津波から原発へ、そして自分の生活に直接かかわる放射能へと移りつつある。
「災い」の風化については何度か取り上げた。今回の石祠設置は、サイカチへの感謝とともに、大きな被災を受けなかった内陸部の者として、被災された方々への復興のささやかなエールと、「災い」を風化させないようにとの願いの一つの結論である。このテーマの更なる展開の構想はあるが、石祠が完成したことでとりあえずこのテーマの一区切りとしたい。復興と原発については今後の経過と情報を収集し、また改めてコメントしたいと考えている。
『“災勝ち・災克ち”を祈る!』-「災い」を改めて考える。(14)
2011 年 11 月 3 日 木曜日『災勝の祈り。サイカチの根元に感謝の石祠!』
震災後、サイカチの樹に百日間の災い平癒の願掛けを行い(3月26日から7月3日までブログで公開)、無事満願成就を果たしたので、サイカチの根元に感謝の石祠を据えることにしていた(オッホ河畔夢塾主催)。石祠の加工も終わり今日は大安吉日、文化の日で日柄も良く、天気も最高。さっそく石屋さんに設置してもらうことに。工事は午後3時頃から始まったが、置くだけなのであっという間に終了。これでようやく思い描いていた風景のベースが出来上がった。平成9年、産業廃棄物に埋もれていたサイカチの救出から始まった「サイカチ物語」、今後どんな展開を描くことになるのか・・・