‘北東北の基層文化発掘’ カテゴリーのアーカイブ

35年後。まちづくりの原点の場所に立つ!(2)-神社の保全

2010 年 10 月 2 日 土曜日

この団地は東北自動車道の土取り場跡だったので、設計委託を受注しオッホが現地調査に訪れた時はすでに現在中層建築が建っている場所は削られていた。残っていた溜池やせせらぎの保全以外にもう一つ何とかしたいことがあった。境界に接した周辺住民の崇敬を集める神社の「背景」の復活だ。山が削られ本殿の後ろが剥きだしとなり趣を失っていた。幹線道路はそのすぐ後を通る計画となっていた。
今回の訪問で中央公園の中にひっそりと立つ大きな石碑を発見した。その裏にはオッホが設計時知らなかったことがいろいろ書いてあった。この地は「湯沢森」とか「巫女山(いたこどやま)」と言われ、頂上には権現様、麓にはこの雀神社を祀り、生命の水が湧き出る村の象徴の場であったと。
住宅地を減らして道路を動かし、神社の背景を作る最低限の木を植えるスペースとゆるやかな勾配を確保、旧住民と新住民の心の拠り所の場とするとともに、交流ができるよう団地からのアクセス路も加えた。公社の責任者が「オレの首が危ない!」と言わしめた力はきっと先の地神様が与えてくれたのかもしれない。当時のこんなやり取りを知っているのはもうオッホだけである。

うっそうとした参道を抜け!

うっそうとした林を抜けた参道の先に雀神社の拝殿


35年経ち、拝殿の背景に新たに林ができた♪

35年経ち、拝殿の背景に林と静寂が新たに復活・・♪


鳥居が立ち、

団地と結ぶ歩道にも鳥居が立ち「参道入口」の標識♪

35年後。まちづくりの原点の場所に立つ!(1)-自然の保全

2010 年 9 月 29 日 水曜日

 人間ドックを受けた病院がたまたま思い出の場所近くだったので、久々にゆっくり立ち寄ってみた。そこは今盛岡市となった旧都南村地区、35年前(1975年)主任技術者としてはじめて設計を任された団地である。当時まだ新幹線は開業10年前、盛岡には東京から夜行列車で打合せに通った。オッホの著作「風景と景観」の「風景文化の中の『命』-悠久の自然に手をかける-最初の戸惑い」の項に、「中心には緑に囲まれた静寂な池があり、その向こうの山に続くなだらかな傾斜の明るい林にはせせらぎが流れ、水を池にそそいでいた。そんな絵のような風景をはぎ取ることが私に課せられた仕事である。」と書いたその場所である。発注者であった当時の県住宅供給公社の担当課長から、「これ以上あなたの理想を入れるとオレの首が危ない!」と言わしめるまで生命を活かす設計にチャレンジした。いま岩手に住み、その35年後の結果が眼前にある不思議、そして公社は昨年役目を終え解散した・・・

宮沢賢治も愛した南昌山の麓の団地

宮沢賢治も愛した南昌山(正面)の麓にある団地


体を張って残した湯沢中央公園に残る緑

思いが通じて残った湯沢中央公園内の大ため池と緑


いま憩いの場となっている

いま新住民の憩いの場として、また歴史の場として

初期の環状列石。縄文遺跡発掘の現説風景!

2010 年 8 月 28 日 土曜日

 盛岡の北、国道4号のバイパス工事現場から環状列石が出土し、その発掘説明会があるというので早速行ってきた。暑かったが土曜日なので熱心な歴史好きがたくさん集まっていた。現場は高台で本来なら岩手山は良く見える位置にあるのだが林で見えない。環状列石が作られた時代は約4000年前とされ、湯舟沢環状列石とほぼ同じ縄文時代中期の終わりか後期のはじめと推定されている。来ていたいつもの滝沢村埋文センターのKさんは「岩手山麓で環状列石が生まれ、縄文街道に沿って広がっていったのかも?」と早速ロマンを語っていた。縄文の歴史は誰でも数千年前のその風景を想起できるのが醍醐味でありクリエイティブで楽しい♪ う~んそれにしても今日も暑かった~!
 

大勢のの参加者、男子高齢者ばかりと思ったが・・

炎天下大勢の参加者、男子高齢者ばかりと思ったが

残念ながら環状列石は撤去されその下層のみ

残念ながら環状列石はすでに撤去されその下層のみ

出土した土器

環状列石の北端の大きな石の下に埋まっていた土器

現場の青ヘル軍団

現場で目立つ青ヘル軍団、作業の主力のオバちゃん

オバちゃんたちの正装、屋外作業のさまざまな知恵が

軍団の正装、屋外作業の知恵が結集

湯舟沢環状列石。再び東京から新ジョウモン人!

2010 年 8 月 24 日 火曜日

 4月25日付で紹介した「おもしろ人」「超怪しい人」たち3人が家族を伴って岩手に再来した。わ~本気だー!縄文街道の8つの「大環状列石」の起点、滝沢埋蔵文化財センターの学芸員K氏と企画した「ジョモジェニック 縄文と現代美術」展(20日~9月5日)が始まり、ギャラリートークとワークショップに参加してきた。3人が遺物との直接コラボ作品を展示している。正直そんなに期待しないで行ったのだが、これは“画期的”!縄文人と同じ大地の気を感じて創作した作品と、本物の縄文遺物の一体的コラボ展示にまったく違和感がない。縄文の人々の美の感性や自然観は現代人とまったく変わらないという証しであり、縄文街道甦生プロジェクトの自論が間違ってなかったという他の人々のはじめての実証活動になる。しばらくぶりに感動・・!! 

新ジョウモン人竹内啓氏。作品と縄文遺物は

新ジョウモン人竹内啓氏。4月の作品と縄文遺物のコラボ


新ジョウモン人石原道知氏

石原道知氏。遺物の模様と環状列石を再現した作品


堀江武史氏

堀江武史氏。仮面をモチーフに縄文人とコラボ作品


子どもたちが描いた作品

周辺で採取した土やベンガラで作った泥絵具で描く


子どもたちとお母さんたちの描いた作品

炎天下、子どもたちとお母さんのジョウモン作品


「岩手里の駅」賑わう。地元公民館夏祭り!

2010 年 8 月 17 日 火曜日

 認定「岩手里の駅」澤口酒店の駐車場、酒店の駐車場にしては不釣り合いなほど広い。しかし地方は車社会、いざ何か催しをしようとする時これが威力を発揮します。これまでも紹介した当法人のイベントは常に酒店2Fのコミュニティースペースで行ってきました。お盆も最後、昨夜地元松川集落の公民館主催で「元気な松川」をテーマに初の夏祭りが開催され、さすがの広い駐車場も埋まりました。太鼓演舞に始まり、地方回り歌手のショー、カラオケ大会、さんさ踊り、伝統の盆踊り、そして最後にお楽しみの空くじなしの抽選会と盛りだくさん!この復活した夏祭をチカジとチカチンもはじめてその一部始終を見守りました。お盆が過ぎると縄文街道は真夏から次の季節、「風夏」となる。 

大駐車場広場が埋まった夏祭り会場全景

久々に夏祭りで埋まった里の駅大駐車場全景


かなり重い伝統的な太鼓を叩きながら回る

重い伝統的な太鼓を叩きながら輪踊りの先頭を回る


チカジとチカチンも見守る中で祭りは粛々と進行

チカジとチカチンも見守る中で祭りは粛々と進行


最後のお楽しみ抽選会で一輪車が当たった子ども

最後のお楽しみ抽選会で一輪車が当たった子ども

縄文の高さ!五所川原の「立佞武多」。

2010 年 8 月 9 日 月曜日

 昨日、まだ見てなかった五所川原市の立佞武多(たちねぶた)祭りを大村副理事長夫妻と見てきました。20メートルもある大きな立佞武多の頭が建物の陰から現れると怪獣があらわれたようでドキドキします。踊りも「ヤッテマレ、ヤッテマレ」と勇ましい掛け声の割には“ちょちょんがちょん”のリズムでとても楽しい。威圧的なねぶたのイメージとは裏腹に、リズムが親しみやすいせいか女性や子どもが祭りの主役だったのも意外でした。
 青森の津軽地域には3つの特徴的なねぶ(ぷ)た祭りがあります。有名な「青森ねぶた祭り」が横に大きなねぶたを中心に、「ラッセラ、ラッセラ」と“チャン・カチャンカチャン”の太鼓と鐘の音に合わせ踊るのに対し、「弘前ねぷたまつり」は丸い女性的なねぷたのイメージとは逆に、踊りのリズムが跳ねるメロディーではないのでねぷたを操る男性の姿が主役なのも意外です。昨夜で未知の国の真夏のハイライト、ねぶ(ぷ)た祭りはすべて終了しました!まだ暑いですがちょっとさびしい気分に・・・。 

交差点に立佞武多現れる!

交差点に頭が見えると期待でドキドキ!


会長賞の立佞武多

会長賞の立佞武多。やっぱり緊張感!


立佞武多下部

立佞武多下部、さすがに男衆が主体!


立佞武多上部

立佞武多上部。顔は真下を向いている!


太鼓の叩き手も女性

太鼓の叩き手も女性。とにかく女子が元気!


化粧とファッション

かわいらしい化粧とおしゃれな祭りファッション!


子どもをおんぶをしたり乳母車子の女性も

子どもをおんぶしたり乳母車を押して参加の女性!


ちょこんとねぶたに座った不思議な女の娘

ちょこんとねぶたに座った不思議な女の子。妖精?

東京新名所。スカイツリーと三内丸山の6本柱

2010 年 8 月 6 日 金曜日

 東京に住んでいる頃、上京者への定番の案内名所はまず東京タワー、そして明治神宮外苑の通称「絵画館」(正式には聖徳記念絵画館)、新宿歌舞伎町や原宿などだった。その後ディズニーランドや秋葉原、お台場などが加わり、最新は建設中の東京スカイツリーとなった。ミーハーのオッホも、さっそく今週東京へ出張した際東京の家族を伴い見てきた。世代や性別に関係なくそのど迫力にみな感動!高いものへの憧れは人間のDNAの中に時代を越えてある。そこで感じたのは三内丸山遺跡のあの6本のシンボル柱。元技術屋のオッホとしては力学的に不細工な建築的復元施設がずっと引っかかっていた。あれは絶対に神の依代の御柱、環状列石と対のまさに栗の木でできた「縄文スカイツリー」だと確信・・!! 

浅草から見た建設中の東京スカイツリー

浅草から見た新風景。建設中の東京スカイツリー


ど迫力のスカイツリー、感動はやっぱり真下!

ど迫力、感動はやっぱり真下だ!


この程度の櫓に太さも広さも不自然

三内丸山遺跡の「縄文スカイツリー」??

夏祭りの口開け、「盛岡さんさ踊り」はじまる!

2010 年 8 月 2 日 月曜日

 昨日、よさこい踊りの本場高知大学からインターンシップで来ている女子学生、y.n.嬢を案内がてら、盛岡さんさ踊りを久々に見てきた。今回は33回目、語呂合わせで「さんさ」の年だそうな。太鼓をたたきながらの群舞は一見沖縄の「エイサー」に似ている。エイサーが男踊りなのに対し、さんさは女性の踊り手が輝いている。太鼓の重さは6~7㎏、叩きながら笑顔を振りまき勢いよく踊る姿はけな気だ。八幡平市で見た伝統的盆踊りは多くの男衆がとんでもなく大きな太鼓を叩くのに合わせ踊るわびたとても静かなものだった。どちらが良いか分からないが、最近の祭りはYOSAKOIソーラン祭りをはじめ若い人中心でとても激しく賑やかだ。さんさを見たy.n.嬢の元祖よさこい祭りを語る口調もとても熱かったのが印象的だった! 

会場へと向かう華やかな女性たち

会場へと向かう踊り手の華やかな女性たち


歴史的建造物「県公会堂」前を行進

歴史的建造物「県公会堂」前を行く太鼓踊り


里の駅澤口酒店前で再現された伝統的盆踊り

里の駅澤口酒店前で再現された伝統的盆踊り

菅江真澄がメジャーデビュー。東京でも!

2010 年 7 月 13 日 火曜日

 先月久々電車で東京に出張した。東北新幹線の席のポケットには無料の雑誌「トランベール」が入っている。東北の文化が常に上手に紹介されており、6月号には「菅江真澄」が特集されていた。それだけでも「アヤ!」と思ったが、中央線に乗り替えると何とドアー上の広告用液晶画面でも流していた。「ワ~ッ」東京の人も見てる!菅江真澄は残念ながら秋田以外あまり知られていない。1年前このブログの最初に詳しく取り上げ、今年3月には「舟橋跡」の岩手デビュー(3月7日付)を果たし、講演会も行った(3月28日付)。だが全国発信はまだ時期尚早と考えていたのでちょっと感動である。縄文街道甦生プロジェクトの即戦力になりそうだ・・・! 

トランベール6月号表紙

トランベール6月号の表紙


菅江真澄

最も長く住んだ秋田と菅江が20ページに渡り詳しく

サパウンペ。アイヌの心とともに引き継ぐ!

2010 年 7 月 10 日 土曜日

 「サパウンペ」とはアイヌの男性が神への儀式などで被る幣冠のことである。昨日、旧松尾村在住のアイヌ語研究家から譲り受けた。先生は3年前、ライフワークである北東北のアイヌ語地名を「アイヌ語地名解」という本にまとめた。縄文街道の起終点にそびえる霊峰「イワテ」山と「イワキ」山、なぜ「イワ」と共通なのか長年疑問だったが、アイヌ語で「神・住み賜う・所」の意とする先生の説で氷解、お付き合いが始まった。高齢となり本も上梓したので、雪深い松尾から盛岡の家に引越す最後の日にたまたまお邪魔、アイヌの人から譲り受けた神聖な被り物を縄文へのこころとともに二周り若いオッホが引き継ぐことになった。サパウンペパワーで1カ月近く続いたスランプから復帰できるか・・? 

菅原進さん。85歳!

野のアイヌ語研究家、菅原進さん。おん歳85才!

「アイヌ語地名解」850ページの労作!

850ページの労作!エミシの国の「アイヌ語地名解」

似合うと言われ、ちょっとアイヌ気分!

似合うと言われ、ちょっとジョウモン人気分!